ペイズリー柄を見ると、どこか自由で、しかもちょっとミステリアスな印象を受けるのは、
筆者だけなのでしょうか……?
クラシックなスカーフにも使われる柄ですが、
1960~70年代の黄金期ロックを彩るミュージシャンがまとうと、反骨精神とともに、
ユニセックス的な色気が漂いました。
このペイズリー柄、アメリカ西海岸のヒッピー文化との親和性は深いものですが、
ラファエル前派やウィリアム・モリスの装飾世界を思わせる要素もあります。
……とはいっても、ペイズリー柄自体はラファエル前派の産物ではありません。
そのルーツはさらに古く、じつにペルシャ、インド、そして英国を巡る長い歴史を持ちます。
そして、長い旅は20世紀末にロックミュージックのひとつの象徴にたどり着きました。
今回の記事では、東洋の植物文様が辿った不思議な旅についてです。
*この記事は広告を掲載します。また当ブログはAmazonアソシエイトです。
ペイズリー柄の故郷はスコットランドではない
ペイズリー柄の原型は、ペルシャからインドへ広がった「ボテ(ボタ)」と呼ばれる文様です。
この独特の形状は、糸杉、若芽、松かさ、そして神秘思想カバラの”生命の樹”などを図案化したものと考えられています。
18世紀から19世紀前半にかけて、ヨーロッパでカシミール・ショールが大流行しました。
そのショールに織り込まれていた文様こそ、「ポテ」でした。
多くの人がこぞって、このショールを手に入れようとしました。

ところがはるばるインドから届く手織りのショールとなるときわめて高価でした。
そうなるといつの時代でも出回るのが模倣品(コピー)です。
英国各地でカシミール・ショールの模倣品が生産されるようになりました。
その中でも”メッカ”と言って良い、とりわけ大規模な産地(模倣品の、ですが)が、
スコットランドのペイズリーという町だったのです。
つまり。
”ペイズリー”は模様の発祥地の名前ではありません。
ヨーロッパでの一大模倣品生産地の名前なのでした……。
美しいペイズリー柄ですが、その背景にあるもの
――それは東西の文化交流にとどまらず、植民地貿易と産業化の歴史もあるのです。
ペイズリーは初期段階から、複数の異質の文化が交差することで姿を変えた柄といえるでしょう。

起源はラファエル前派、ではない
かのラファエル前派の結成は1848年。
その頃にはすでに、ペイズリー文様を使ったショールがヨーロッパでは知られていました。
したがって、ペイズリー柄がラファエル前派の産物でないことは明らかです。
それでも、この両者には深い親和性が感じられます。
その理由はおそらく、ラファエル前派やその周辺の芸術家の嗜好――
――彼らは植物、手仕事、中世、異国的な衣装を好んだからでしょう。
その中でもアーツ・アンド・クラフツ運動を主導したウィリアム・モリスの存在は重要です。
彼はラファエル前派との親交も深い芸術家でした。
モリスの植物柄は、ペイズリーの系統ではありません。
とはいえ、両者には共通点があるのです。
たとえば、有機的な曲線、密度の高い装飾。そして、生活の中に自然を取り戻そうとする感覚がそれです。
時代は工業化により均一的な製品があふれるようになっていました。
だからこそ、手仕事の美しさを見直す。
芸術と生活を切り離さない。
――この思想はのちに、ボヘミアン文化やカウンターカルチャーと共鳴します。

1960年代、西海岸で「自由を着る柄」になる
ペイズリー柄が復権し、大きな意味を持ったのが1960年代半ばから後半です。
ロンドンでビートルズをはじめとするミュージシャンたちが、鮮やかな色彩やインド風の服装を好んで採り入れるようになりました。
同時期にサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区で、既成の価値観から離れようとする若者文化が急速に育って行きます。
その象徴が、1967年の”サマー・オブ・ラブ”です。
ビジネス向けのスーツや流行に従っただけの服装を拒絶した若者たちが、
古着、民族衣装、刺繍、ベルベット、花柄、インド綿などを自由に組み合わせて装ったのです。
自由と放埓が混交し、どこかルーズで無秩序な装いにはペイズリー柄が多用されています。
そしてペイズリー柄は、サイケデリックな色彩、音楽とよく馴染んだのはたしかでした。
筆者などは、ペイズリー(柄)と聞くと往時の西海岸を連想してしまうようなオールドロック愛好者ですが、
ペイズリー柄(とそれに関する文化)の流行は西海岸に限った話では済まないのです。
ロンドンの(当時の)最新鋭ファッションとインド文化への関心や興味、そこにサンフランシスコのヒッピー思想や音楽……
こうした多様な文化が、大西洋を往復して行き来しながら、ひとつのスタイルを形成して行ったのです。
なぜロックミュージックに似合ったのか
ペイズリー人気の爆発点というと、60年代後半です。
とはいえ、その存在感は70年代のロックファッションに継承されました。
ペイズリーシャツにベルベットのジャケット、細身のスカーフ、フレアパンツ……。
当時のミュージックシーンを象徴するかのような、こうした装いは、
じつにサイケデリック・ロックだけでなく、フォークやブルース、ジャズでも見られるようになり、
とりわけR&Bや一部のロックのミュージシャンたちによく似合いました。

ペイズリーには曖昧で奔放な個性があり、決してひとつの印象に閉じ込められません。
花柄ほど甘くなく、幾何学柄ほど冷たくない。
華やかでありながら古典的な典雅さもある……
ゆえに男性が着れば退廃的な色気と知性を、
女性が着ればロマンティックでありながら芯の強い美しさを演出できるのです。
中性的でちょっとだけ反抗的――この複雑な性格こそが、
当時のロック文化の核心にあった「階級、性別、規範を越える」というエネルギーと調和したように思えます。
1968年には、フェンダー社は”ピンク・ペイズリー”のテレキャスターを発売しています。
この時点では、ペイズリーは楽器にまで波及していたのでした。
写真のギター(⇑)はストラトキャスター。ブラック・ペイズリー柄です(フェンダー・ジャパン)。
ジャニス・ジョプリン(⇓)は当時の雰囲気を特に濃厚に身にまとっていたのでは??

ペイズリーを着ることは、小さな文化旅行
ペイズリー柄は、ペルシャやインドで育った植物文様が、英国の産業と装飾芸術を通り、1960年代のロンドンとアメリカ西海岸で「自由を着るための柄」へ変貌したものといえるでしょう。
直接の起源にラファエル前派はありません。
しかし、画一的な社会への違和感、装飾への愛、そして自然への憧憬といった地下水脈が、
両者をたしかに結びつけています。
現代を生きる私たちがペイズリー柄を装うときも、その歴史の流れに沿うことになります。
クラシックなのに、自由が漂う。上品なのに、どこか反抗的……。
一枚の布の中に、そんな矛盾をさりげなく共存させてしまう力こそが、
ペイズリー柄の”不滅性”の秘密なのかもしれません。
単なる”古典柄”ではなく、したたかな生命力を持つ文様なのです。
主な参考資料
- The Metropolitan Museum of Art:カシミール・ショール、スコットランド製ペイズリー・ショールの所蔵品解説
- The Metropolitan Museum of Art:William Morrisおよび英国装飾芸術関連資料
- Fine Arts Museums of San Franciscoほか:1967年サマー・オブ・ラブと西海岸カウンターカルチャー関連資料





