黒い服、青白い肌、濃いアイメイク。

退廃的でありながら、モダン、野蛮でもあり、気品も漂う装い――。

ダークだけれど、”善悪の彼岸”に佇むかのような……。

”ゴス”という様式や言葉を知らなくても、

その美意識をそのままファッションに採り入れている人は少なくありません。

ゴスは、はじめから服装の名前だったわけではありません。

源流を追うと、おそらくは1970年代末から80年代初頭にかけて存在した、

英国ロックの一部から発祥したものと思われます。

”売れ筋”のメインストリームからかけ離れた、地下音楽文化から生まれた黒い美意識。

そのゴスという概念をひとつの映像作品に結集し、広く印象付けたのが、

1994年のアメリカ映画「クロウ/飛翔伝説」でしょう。

今回の記事は、”ゴス”がどこから来て、どのように一つの様式に昇華されたのかを解説します。

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ゴスの起点|パンク・ムーヴメント後の

概念としてのゴスの直接的な母体を求めると、1970年代後半の英国パンクロックです。

英国パンクは、社会や音楽産業など既存のシステムへの怒りを音楽にしました。

生々しい感情、洗練されない直接的な歌詞、暴力性の高いサウンド――

粗く猛々しい、当時異例の破壊性を持った音とファッションは、

さまざまなスタンダードに対する強烈なアンチテーゼでした。

話題性も高く、一気に世界に拡大したかにも見えましたが、

初期の衝撃はほぼ一巡して減衰していきました。

Poster for the film Sid and Nancy; bold pink title 'SID & NANCY' over a chaotic purple-pink collage background.
映画シドアンドナンシー

Poster for The Future Is Unwritten: Joe Strummer, a black-and-white photo of him smoking a cigarette.
ザクラッシュのフロントマンの人生

そして、それでもなおパンクを演奏するミュージシャンの一部は、

怒りを外側に爆発させずに内向させる傾向を持つようになったのです。

扱うモチーフも変容し、孤独、不安、死、宗教、都市の荒廃といった内面的なものになりました。

おそらく、この傾向を持つバンドで、より早く世に出て(当時から長い間にわたり)、

無視され続けた存在は米国のヴェルヴェット・アンダーグラウンドでしょう。

Yellow and black banana pop art by Andy Warhol with his signature at the bottom of the image.
有名な1stアルバム

その系譜にあたる存在が、”ポスト・パンク”と呼ばれる時代に装いも新たにし、

英国に登場したのです。

それが、1978年に結成されたバウハウスでした。

これがおそらく、”ゴス”の創始ではないかと思われます。

彼らが1979年に発表したのが「Bela Lugosi’s Dead」。

この作品はしばしばゴシック・ロックの原点とされています。

Black-and-white Bauhaus poster with the word 'bauhaus' in lowercase letters at the bottom and an abstract figure with raised arms above it.
希少版のようです

題名に掲げられたベラ・ルゴシは、映画『魔人ドラキュラ』で知られるホラー俳優。

楽曲はほぼ10分にわたりますが、そこにそれまでのロックにあった爽快感や疾走感は皆無。

緊張感に満ちた空間に刻まれるビート、漂うようなギター、深すぎる残響……

そこにピーター・マーフィーの演劇的な(というより芝居がかった)ヴォーカルが響き渡ります。

ピーター・マーフィーの吸血鬼を彷彿する身振り。

痩身のシルエット、黒い衣装、そして白い顔が逆行の中で浮かび上がります。

音楽だけでなく、服装、照明、身体表現などの全てが、切り離せないものになっていました。

バウハウスは単に”暗い曲”を演奏していたわけではなかったのです。

Bauhaus album cover: a black-and-white image of a nude figure standing by a wall inside a white frame, with 'BAUHAUS' text beneath.

黒は美意識

同時代の英国で、バウハウスのほかにも、

スージー・アンド・ザ・バンシーズ、ザ・キュアー、ジョイ・ディヴィジョン、ザ・ミッションなど、のちにゴスと深く結びつけられるバンドが続々と登場します。

じつのところ、彼らの音楽性はかなりの違いがあります。

そのうえ、”ゴス”を看板に掲げてはいなかったでしょう。

ただ、共通項がありました。

すなわち、黒を基調にした装い、強いアイメイク、両性具有のような姿。

そしてロマン主義や古典怪奇文学への接近、という感覚です。

これらが英国のクラブや音楽誌を通して、次第に一般に共有されていきました。

Album cover for Siouxsie and the Banshees: Spellbound – The Collection, featuring a monochrome portrait with ornate patterns in the background.
スージーザバンシーズ

クラブ”Batcave”

ゴス文化が集結する象徴的なスペースが、1982年にロンドンではじまったクラブ”Batcave”です。

ここは、パンク、グラム、ホラー、吸血鬼、さらにキャバレー文化と宗教画などのカオスで、

それらが混然とした場所だったようです。

この頃にはもう、黒い服は喪服や制服ではなくなっていました。

それまでインフォーマルな黒い装いといえば、黒レザーで反抗の意思を示す、くらいでした。

ところが1980年代初頭には、黒の装いは周囲と自分を切り離す鎧となり、

同時にその鎧は、自らが棲む世界を日常の外側に築くための礼服になっていました。

おそらくここに、ゴスの核心があるのでしょう。

ただ単に「”暗い人が着る服”をゴスと呼ぶ」のではないのです。

死、孤独といったダークサイドを、ただ恐れて避けるのではなく、美として受け入れ、

おそらくはそれを皮膚感覚で採り入れるために、演劇的に着こなすという文化。

――それをゴスというのでしょう。

「クロウ」以前に完成していたゴス

80年代も後半になると、ゴスの影響は英国の地下クラブに収まりきらなくなりました。

欧米の音楽シーンだけでなく、コミック、ファッションの分野へと拡大して行きます。

その流れの中で生まれたのが、ジェームズ・オバーのコミック『The Crow』でした。

Cover art for The Crow Special Edition by James O'Barr: a pale blue face with white, piercing eyes and a red rose near the lips.
The Crow Special Edition English Edition

作者は自らのバックグラウンドとして、ザ・キュアーやジョイ・ディヴィジョン、そしてバウハウスのピーター・マーフィーらの音楽を挙げています。

つまり、「クロウ」という作品は、既に存在していたゴスの感性を、悲劇的な物語とヒーローの造形に凝縮したものなのです。

この原作を元にした映画「クロウ/飛翔伝説」が1994年に公開されます。

主演はブランドン・リー(かのブルース・リーの息子でした。本作撮影中に事故死)。

雨に濡れる黒々とした廃墟都市。

そこを闊歩するヒーローは長い黒髪に白塗りの顔、目じりが裂けたようなメイクにレザーの衣装。

彼は凌辱される恋人の前で殺されたロックミュージシャン、エリック・ドレイブンです。

死者として、復讐のためにこの世に蘇りました。

暴力的でありながらも傷つきやすい心を持ち、恋人への愛を決して忘れない存在として描かれています。

この作品に表れる諸要素――死、恋愛、都市の荒廃、両性具有的な美しさ、ロックミュージック、黒い装い……これらは、ゴスの主要素といえるものです。

「クロウ/飛翔伝説」は、ゴス要素の結晶といえるものでした。

Blu-ray cover for The Crow: Brandon Lee in a dark outfit with white wings behind, rain, 4K Ultra HD logo at top.
クロウ 飛翔伝説 4K Ultra HD+ブルーレイ

「クロウ」で大衆文化として完成したゴス

つまり、「クロウ」はゴスの発祥ではありません。

同作の役割といえばむしろ、80年代の地下文化として既に確立されていたゴスを、世界中の若者が共有できる映像の世界に翻訳したところにあるでしょう。

同作のサウンドトラックには、ザ・キュアー、ナイン・インチ・ネイルズ、ジーザス&メリー・チェインなどが参加しました。

この顔ぶれを見れば、ゴス、インダストリアル、オルタナティブ・ロックと幅広いもので、

間口が広がっています。

これにより、ダーク文化は90年代の大衆のなかに押し出されて行くことになったのです。

一連の流れを見て行くと、

まずバウハウスが暗闇のなかからゴスの輪郭を作り、それがじわじわと浸透して行き、

『クロウ』がそれを映画的な物語とヒーロー像として完成させる。その頃には、かつては地下文化だったダークサイドの世界がいつしか、”表”の世界へと溢れ出て行った。

――ゴスの系譜的なものの理解は、そのような捉え方が近いように思えます。

Gothic tarot deck cover with a pale woman in a wide hat holding a glass with a red rose; the title 'Das Modern Goth Tarot' overlays the image.
Das Modern Goth Tarot

参考資料

  • The Museum at FIT, “Gothic: Dark Glamour”
  • Victoria and Albert Museum, “Lolita fashion: Japanese street style”
  • Pitchfork, “The Story of Goth in 33 Songs”
  • AP, “In ‘Goth: A History,’ The Cure co-founder Lol Tolhurst traces the often-misunderstood subculture”
  • Louder, “The Crow: triumph, tragedy and the ultimate cult goth comic book movie”

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蒼 薫
元作家(スピ系)・経営者です。 物書きのときは、別名を使用していました(封印中)。 ナチュラルスピリットから刊行されています。 フィットネスやアート関係が好きです。 ヨガ・ピラティス・太極拳・筋トレなどやっています。 音楽・文芸特にフリークです。 やたら多趣味です。時間足りないです。 友達、ギリギリ少なく、犬や猫や鳥と暮らしています。