夜の街、雨に濡れたアスファルト、ブラインド越しに差し込む光。そこに現れる、疲れた探偵と謎めいた女性――。
こうしたイメージを作ったのが、米国の”ノワール小説”と”フィルム・ノワール”。
どちらも題材は犯罪。しかし、ただのミステリーではありません。
ノワールが描き続けたもの――それは、繁栄する米国社会の裏側。アンダーグラウンド。
そこに息づく孤独、格差、欲望。そして「正しく生きれば報われる/成功できる」というアメリカン・ドリームへの疑いです。
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ノワール小説とフィルム・ノワールの
この両者は、よく似ているようで微妙な違いがあります。そこを把握するために、ノワールというジャンルの歴史を、さまざまな作品とともに振り返ります。

源流にあるハードボイルド小説
ノワール小説の源流として触れなくてはいけないものは、1920年代に大衆雑誌で発達した”ハードボイルド小説”です。
それまで、いわゆる推理小説の世界では、英国の古典的作品にみられるように、名探偵が推理によって事件を解決する、というのが定番でした。
名探偵は大概がインドア派で、明晰な頭脳を武器に緻密な論理を元に推論を発展させ、難事件を解決に導きます。
ところが、米国で生まれたハードボイルド小説の主人公は、主に行動力のある私立探偵です。
彼らは腐敗した都市を歩き回り、殴られ、ときには自らも法を破ります。
この世界においては、犯罪は一部の悪人が起こす例外ではなく、社会全体に染み込んでいるのです。

ただし、ハードボイルドとノワールも完全には同じではありません。
ハードボイルドの主人公には、傷つきながらも自分なりの倫理を守る探偵が多く登場します。
一方、狭い意味でのノワール小説では、普通の人間が欲望や偶然に引きずられ、破滅へ向かう傾向が強くなります。
フィルム・ノワールは、そうした犯罪小説の世界を映像化したものです。
これらの作品群が”フィルム・ノワール”と呼ばれるようになったのは、1946年のこととされています。つまり、当時のハリウッドは、”フィルム・ノワール”なるジャンル名を掲げてはいませんでした。
この呼称をつけたのは、フランスの批評家ニーノ・フランク。戦時中に母国では公開されることのなかった米国の犯罪映画をまとめて観た彼は、「黒い映画」を意味する言葉を使ったのです。(*BFI(英国映画協会))
1920~30年代――乾いた心の探偵と、破滅する男女
嚆矢とされる作家が、ダシール・ハメットです。
『血の収穫』(1929年)では、舞台になる町そのものが政治家や企業、犯罪組織に支配されています。
『マルタの鷹』(1930年)の探偵サム・スペードも、善良なヒーローというより、悪の世界でぎりぎり自分の規則を守る男(しばしば法を犯す)でした。
1930年代にはレイモンド・チャンドラーが登場します。
『大いなる眠り』(1939年)の私立探偵フィリップ・マーロウは、厭世的な皮肉屋でありながら、腐敗した世界に完全には染まらない人物として描かれています。
その洗練された比喩と孤独な美学は、無駄をそぎ落とした独特の文体を伴って読者に鮮烈な印象を与え、後世の探偵像を決定づけたといえます。

ノワール色がさらに濃厚な著名作家というと、ジェームズ・M・ケインです。
代表作の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1934年)や『倍額保険』(1936年)では、男女の欲望が殺人へと発展します。ここでは物語の中心は犯罪者自身なのです。決して、探偵が秩序を回復する、という内容ではありません。

1940~50年代――スクリーンを覆う小説の闇
フィルム・ノワールの古典期は、一般に『マルタの鷹』(1941年)から『黒い罠』(1958年)までとされます。(*BFI)
代表作とされる『深夜の告白』(1944年)は、ケインの『倍額保険』をビリー・ワイルダーが映画化したもの。
保険外交員が人妻に誘惑され、夫殺しに加担する物語です。
回想と告白、夜の街、斜めに差す光が「もう逃げられない」という運命を視覚化しました。
この作品と『マルタの鷹』は、現在、米国議会図書館の国立フィルム登録簿にも収められています。(*米国議会図書館)
亡命し渡米した欧州の映画人が、ドイツ表現主義の強い陰影を活かした独特の映像美をもたらし、そこに低予算ゆえの工夫が加味されています。さらに第二次世界大戦後の不安が色濃く反映されました。
帰還兵が感じる疎外感、急速な変化を遂げて行く都市、冷戦と核への恐怖――こういった要素が濃厚に表れた作品に『過去を逃れて』(1947年)や『キッスで殺せ!』(1955年)などが挙げられます。
後者では、私立探偵の暴力的な捜査が核時代の破滅へつながるという構成です。

ノワールの女性像|”悪女”だけではない
フィルム・ノワールを象徴する劇中の存在が、男を破滅させる女性”ファム・ファタール”です。
彼女たちは、単なる悪女では片づけられない造形です。
戦時中、女性は家庭を離れて社会へ進出しました。それが戦後になって、再び従来の性役割へ戻そうとする圧力が強まったのです。
そんな風潮の中で、自らの欲望と意志を持つ女性は、男性社会にとって魅力的であると同時に脅威にも映りました。まさにファム・ファタールは、そういった支配層である男性側の不安を背負わされた存在だったといえるでしょう。

また、ノワールを作った女性もいました。
ヴェラ・キャスパリー原作の『ローラ殺人事件』(1944年)は、男たちが作り上げた「理想の女性像」と、実在する女性ローラとの”ずれ”を描いています。
ドロシー・B・ヒューズの『孤独な場所で』(1947年)は、暴力的な男性を女性の視点から見直す作品。またアイダ・ルピノ監督の『ヒッチ・ハイカー』(1953年)は、古典期では珍しい、女性監督による緊迫したノワールでした。

1960年代以降――ノワールは現代へ生き延びる
古典期が終わっても、ノワール的世界観は消えませんでした。
たとえば『チャイナタウン』(1974年)。この作品では水資源をめぐる権力と腐敗が描かれますが、探偵が真相を知っても弱者を救えない物語です。
『ブレードランナー』(1982年)は、探偵、雨の都市、陰影、運命論をSFへ移植した「テック・ノワール」の代表です。この作品についてBFIも、「古典ノワールの偏執的な不安や宿命論、高コントラストの映像を強く継承している」、と指摘しています。(*BFI)

文学ではパトリシア・ハイスミスが『太陽がいっぱい』(1955年)などで、犯罪者の心理と不安定な自己像を掘り下げました。現代ではジェイムズ・エルロイが警察・政治・メディアの癒着を描き、サラ・パレツキーら女性作家は、男性中心だった探偵物語を女性の視点から更新しました。


またミーガン・アボットは、少女や女性の競争、欲望、暴力を題材に、ファム・ファタールを「男を誘惑する謎の女」から、複雑な内面を持つ主人公へと変容させています。

ノワールは悲観ではなく「疑うための物語」
ノワールの世界では、努力が成功につながったり、善行が良い結果に結びついたりといった、明快な希望がありません。
制度は腐敗し、愛は所有欲にほかならず、真実を知ったとしても救済にはつながらないことがしばしばです。
ならばノワールは陰鬱な、ただ暗いだけの文化なのか、というと、そうではないのです。
”社会”が謳う美しい物語を鵜呑みにしても良いのか? 成功や美しい恋愛、または理想の女性像の陰で、代償を払っているのは誰か――絶えず、そうした問いを強烈な犯罪と映像美の陰に潜ませてきました。
暗闇のなかだけでしか見えないものがあります。
だからノワールは、時代が変わるたびに新しい主人公と、新しい夜の街を見つけて、生き続けているのでしょう。










