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檀一雄という小説家がいました
突然ながら、文学のお話になります。
文学も音楽も私は”雑食”で、さまざまなものを体験いたしました。その結果、受け付けられないジャンルというのも存在していますが、比較的に幅広い愉しみ方ができる方だと思います。
ところで、檀一雄、という作家をご存じでしょうか…?
タレントの檀ふみのお父さん、長編小説「火宅の人」で有名……といっても、令和の今、ピンと来る人も少なくなっていると思われます。
そうそう、料理研究家としても著名で「檀流クッキング」というとても面白い、そのうえ実用にも使えるベストセラーも出しました(昭和時代にね……)。
檀一雄の詳細については、ここでは触れません。
「火宅の人」とかについても触れないんですが、触れたいのは、彼が若い時分にものした、とある掌編についてです。
若いときでないと書けないように思われます。
作品のタイトルは「花筐」(はなかたみ)。
短編から中編、あたりの長さで、内容はうろ覚えなのですが、たしか、寄宿生活を送っている旧制中学だったかの男子寮に住まう少年たちの群像みたいのを、生々しく、しかし下品でなく、激しく、劇的に描いたものでした。
とにかく、登場人物のうち数人が、タヒったんではなかったか……?
このあたりも記憶があいまいですが、まあちょっと、「あり得ない」というか、若書きならではの、躍動しすぎている感がある作品なのです……が、これが一時期、えらい好き、でした。
躍動しまくっているのは、筋だけでなく(そもそも、どこまでプロットがあったのか危ぶまれます)、キャラクターたちの言動の極端さ、さらには文体がなんか、生命を持て余して跳ね回っていて、そこに気高いともいえる香気があって……(このあたりにしときますわ。)。
表現が、とてもではないけれど、真似できないようなものがありました。似ている、というと、おそらく一時期の三島由紀夫。ほかだと、フランス文学のピエール・ルイスとか。
たぶん「殉教」とか好きな人なら。
三島由紀夫の短編の「殉教」とか、中長編の「午後の曳航」とかが好みの人なら、たぶん、はまると思います、「花筐」。
竹宮恵子の漫画とか、ロックだとノヴェラとか好みの人とかも(うわ)。
檀一雄のほかの作品は、この「花筐」と似たようなものが見当たりません。
この後、彼の作品は、いろいろと”無駄”な部分をそぎ落として、表現も簡潔にしていっているように感じられます。
となると、たぶん「花筐」って、ムダと勢いだけなのかもしれないです。若気の至り、”〇二病”なのかもしれませんが、そういうのも下品でなければ、悪くないと思います。遠くで見ている分には。。。

基本、そういう時期ないと、人間、面白くなりませんわな!

