花柄のマキシドレス、ふくらんだ袖、波打つ長い髪、ベルベットやレース――。
現代では”ボヘミアン””ヴィンテージ””フェアリーコア”などと呼ばれる装いです。
その源流をたどると、19世紀イギリスの美術運動「ラファエル前派」に行き着きます。
代表的な画家であるロセッティやバーン=ジョーンズらが描いた女性たちの持つ”現代的”な雰囲気。
――時代を超越した、その作品群の魅力は、今なお私たちを惹きつけます。
そして実際、ラファエル前派の作り出したイメージは、現代ファッションにも息づいているのです……。
この記事で解説するのは、ラファエル前派の絵画に表現された女性像が、どのように1960年代後半のフラワームーヴメントと結びつき、現代のファッションへ受け継がれたか――です。
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ラファエル前派が描いた”もうひとつの女性服”
ラファエル前派は、1848年に結成されました。
彼らは当時の英国美術界が重んじていた形式から離れ、中世や初期ルネサンスの芸術、文学、自然へ目を向けます。
そうして生み出された作品群に登場する女性たちには、ある特徴がありました。
彼女たちは、当時の一般的な流行とは異なる装いをしているのです。
たとえば……
彼女たちは身体の線に沿って流れる長いドレスを纏います。
――当時よく見られた身体を強く締めつけるコルセットや大きなバッスルではありません。
また、ゆったりした袖、深い色あいの布、草花を思わせる模様……。そして、長い髪をきっちり結い上げず、肩から流れるかのように。
こうした服装は、のちに”唯美主義的ドレス”と呼ばれるスタイルへ発展しました。

FITの服飾史資料を繙くと、
ラファエル前派を源流とする唯美主義の服に見られる傾向は、ゆったりしたウエストや膨らんだ袖を特徴とし、重いペチコートやコルセットを避けるものです。
つまるところ、ラファエル前派の影響は絵画の世界だけには留まらなかったのです。
「女性の身体を服の型へ押し込まなくてもよい」という新しい感覚にも影響を与えました。
花と植物はウィリアム・モリスへ受け継がれた
ラファエル前派の美意識を引き継いだのは、唯美主義やウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ運動です。
モリスが手がけた、草花や蔓が連続する壁紙やテキスタイルを見たことがある人も多いのではないでしょうか。
モリスの思想を端的に表すと「自然を緻密に観察し、手仕事の温かさを取り戻す」というもの。
――植物柄や伝統的な布を好む現代ファッションにも通じています。
この美意識は、アール・ヌーヴォーや英国の老舗Libertyなどを経由します。
そして、20世紀へと引き継がれたのです。
じつに、ラファエル前派から現代ファッションへの影響を俯瞰すると、それが一本の線ではあり得ないことを知ります。
中世趣味、唯美主義、花柄のテキスタイル、古着文化……そういった雑多な複数の流れが合流しているのです。
そして、合流した水脈が姿を現したのが、1960年代後半のことです。


1960年代後半の若者たちは”過去”を着はじめた
1960年代前半を象徴するファッション。
――それは、ミニスカートや幾何学模様などで、都会的・未来志向なものといえます。
ところが、60年代後半になると、若者たちは古着屋に足を運ぶようになります。
そして手に入れたヴィクトリア朝のドレスや民族衣装、軍服、刺繍、手編み、自然素材などを自由に組み合わせて装うようになったのです。
ここに見られるのは、未来だけを目指す視点ではありません。
産業社会が捨て去ろうとした”過去”の持つ美しさを、拾い集めたといえます。
この時代の潮流のひとつであるアメリカのフラワームーヴメントが持つ性質には、反戦、自然回帰のほか、規制社会への抵抗というものもあります。
そこに、かつての英国の若者芸術家がはじめた、退廃的な香りのあるロマンティシズム、ヴィクトリア朝趣味、中世趣味、アール・ヌーヴォーなどが、合流することになったのです。
そうして、長い髪、花柄、マキシ丈、手仕事……などなどに結実することになります。
そこには、古着に愛着を示しながらも「親の世代と同じ服は着ない」という意志もありました。


Biba|ラファエル前派を街へ出したブランド
ラファエル前派の復活を象徴するブランドというと、1964年にロンドンで始まったBibaです。
V&Aによると、「Bibaは過去の退廃的な様式、とりわけラファエル前派とアール・ヌーヴォーに影響されていた」、と説明されています。
このブランドで多用された色調は、オリーブ、錆色、プラム、茶色といった沈んだもの。
これはまさにラファエル前派を思わせるものでした。
Bibaは理想的で従順な”良家のお嬢さん”向けではありません。
むしろ、Bibaをまとった少女は、青白く、ほっそりとして、どこか物憂げな印象が強まり、可愛らしさと危うさを同居させた特異な存在になったのです。

さらに登場したのがオジー・クラークとセリア・バートウェル、シーア・ポーター、ビル・ギブら。
彼らは、花柄、マキシドレス、ベルスリーブ、ベルベット、歴史衣装、異文化の装飾を巧みに組み合わせました。
とりわけビル・ギブのデザインには、ラファエル前派絵画の影響があることが、V&A Dundeeに指摘されています。
このようにして美術館に収められていた19世紀の幻想が、ロンドンのブティックや音楽シーンへ戻ってきました。
ボヘミアン、ゴシック、フェアリーコア……その中に残るもの
フラワームーヴメント自体は長くは続きませんでしたが、ラファエル前派の影響が、1970年代で消えたわけではありません。
花柄のマキシドレスやレースブラウスは、2000年代のボーホー・シックとして再流行しました。
現在のコテージコア、フェアリーコア、ダークロマンティック、ゴシックファッションにも、植物、中世、長い髪、妖精や魔女といったイメージが繰り返し用いられています。

また、それは女性服の分野に限られた話ではありません。
いつしか男性たちも、長い髪、花柄シャツ、刺繍、ベルベット、ドレープなどを愉しむようになりました。
端的な例として、ロックミュージシャンのファッションがあります。
ラファエル前派の持つ性別に収まりきらないロマンティシズムは、グラムロックで具現化しました。

現代に受け継がれたラファエル前派の精髄は、特定のスタイルのドレスではなく、「現実とは、いつもとは異なる自分を”装い”によって表現するもの」という思想そのもの、といえるかもしれません。
女性の解放? それとも新しい女性幻想??
ひとつの矛盾があることにお気づきでしょうか?
たしかにラファエル前派的な服は、コルセットから身体を解放しました。
しかし、絵の中に描かれた女性たちは、多くの場合、男性画家が求めた”美しいミューズ”だったのです。
――長い髪、白い肌、細い身体、物憂げな表情。
それは、女性に付与された”新たな理想像”ではなかったでしょうか。
同じことが、1960年代のロマンティックな服にも言えるのです。
身体を動きやすくし、既成の流行から女性を自由にしましたが、同時に、「妖精のように美しく、若く、華奢であること」を新しく求めている――そんな危うさを秘めていたのもたしかです。
とはいえ、だからこそ、現代の私たちは、この美意識をもっと自由に受け取ることができるのです。
年齢や性別、体形にかかわらず、花柄もレースも長い髪も楽しんで良い。
妖精になる日があっても良いし、実用的な服だけで過ごす日があっても良い。
――美しい服を着る自由と、美しく見せることを要求されない自由。
この双方を持つことが、すなわちラファエル前派のロマンティシズムを現代に着る、本当の意味といえるかもしれません。




