一般に”マニピュレーター”と呼ばれる人たちが存在します。
ここでいうのは、人の善意につけこみ、相手を自分の望む方向へ動かそうとする人たちのことです。
この記事で扱うのは、”ホンモノのマニピュレーター”――単に口が上手いとか、自己主張が強い、というタイプではありません。
情報を駆使し、立場の差などを利用して、自分はまったく責任を引き受けないままで、相手の感情を揺さぶり、判断を誘導する人物を扱います。
記事を読むことで、マニピュレーターに関する知識だけでなく、その人が危険なマニピュレーターかどうかを見抜く重要なポイントが理解できるでしょう。
見抜くポイントは、繰り返される「関係のパターン」にあります。
筆者自身の体験もふくめ、マニピュレーターに人生を乱されないコツをお伝えできれば、と思っています。
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マニピュレーターは”高みに位置取りをする”??
基本的に、マニピュレーターは相手よりも”高い位置”に立つようにします。それも、何気なく、さりげなく。
というのも、”高い位置を取る”ことは、”体を大きく見せること”や”空間の占有率を大きくする”ことと並んで、地位や支配力の高さに影響を与えるから、です。
これは、心理学の研究でも明らかな事実で、人は相手の位置取りや振る舞いから、”強さ”や”権威”を感じ取ってしまう生き物なのです。(*PLOS ONE掲載研究)
そのため、マニピュレーターは”位置取り”に敏感です。
たとえば、壇上に立つ、上座に座るなどして、周囲から”高い”と見られるポジション(物理的にも心理的にも)を、さりげなく取るようにします。
また、自分の持つ”肩書き”にもこだわります。たとえば、講師。あるいは、主催者。また、その場で”先生”と呼ばれる立場を持つように仕組みます。
……とはいえ、これだけで、その人が心理操作を企てる危険なマニピュレーターだと断定できるわけではありません。

そうだよね。
公的資格を持ついろんな”先生”が危険人物扱いになっちゃうもの……。
問題になるのは、「高い立場にいる」ことではありません。
その立場を使用して、反論しにくい雰囲気を作り出し、心理操作に利用することが問題になるのです。
たとえば、はじめのうちは、
あなたのためを思って、この場を設けました
などと、立場的に対等であることを示しながら、肩書き、位置取りなどで”高み”に立ち続け、質問や異論に対しては、
その話ならば、私の方が詳しいから
あなたのためを思って言っているんだから
などなどの甘言のようで有無を言わせない言葉を用いて、封殺します。
これはもう、”助言”の範囲を逸脱しています。

もっとも厄介な手口”後だしじゃんけん”
私も過去、マニピュレーターの被害に遭い、危うい目に遭いました。
そんな経験の中で、マニピュレーターの用いる手口のなかでも、特に危険だと感じたのが、
”後だしじゃんけん”です(命名は筆者です)。
具体的な手口の内容は、
まず相手は誘い水となる言葉をかけます。
ところが肝心な希望や条件を明言しません。……このあたりの”駆け引き”が非常に巧妙です。
それば、あなたはどのようにしたいのですか?
肩の力を抜いて楽に、自由に考えていいですよ
決めるのはあなたです
などと、寄り添うような口調で、一見相手を尊重する優しい言葉としか見えない言葉を投げかけてきます。
そして、こちらが自分の考えや意思、希望などを話し終えると、もう、相手の術中に落ちているのです。
後になると、相手は次のようなことを言います。
待ってください。私はそんなことは言っていません。勧めてもいませんよ。
あなたが自分で決めたことでしょう
態度を変えて、こう言われても、たしかにその通りといえばその通り。
自分の手札を見せずに、情報を引き出すだけ引き出した挙句、問題が起こると全責任をこちらに負わせるのです。
このような心理操作の”大技”を、その他の小技とまじえて巧妙に畳みかけてくるのですから、恐ろしいのです。
心理操作を見抜くためには、”情報の整理”が重要になります。
たとえば、「誰が決めたのか」だけではなく、
- 誰が話を持ちかけたのか
- 誰が情報を隠していたのか
- 誰が利益を得るのか
- 不都合が起きたとき、誰が責任を負うのか
この四つを切り分けて考えなくてはいけません。
こうして考えた結果、「異常に不利なのは自分(当方)」で「すごく得するのは向こう(相手)」と判明すれば、マニピュレーション被害を受けている可能性がきわめて高くなります。

”正対しない人”は怪しい??
対話する相手の位置取りに違和感を感じることは、あるものです。
たとえば、相手がいつも体をずらす(正面に位置することを避ける)、横に座る、目を合わせようとしないetc.
これも、”ここだけ”を切り取って危険だ、とか、心理操作だ、と決めつけることはできません。
じっさい、人と正対する位置が苦手な人もいれば、目を合わすことが難しい人もいるのですから。文化的背景の違いである場合もあります。
しかし、だからといって看過するわけにもいかないのです。
というのもマニピュレーターは心理操作の一環として、「自分が有利に立てる位置」を取ろうとするからです。
古典の「五輪書」の中でも、著者の剣豪宮本武蔵は、「相手に対してどのような位置取りをすれば戦いを有利に進めることができるか」を、ケースバイケースで事細かに記しています。
昔から、位置取りが持つ心理的・戦略的な効果が重視されていたということでしょう。
相手がマニピュレーターかどうかを見抜くには、ここでも状況を自分なりに分析し、俯瞰的な視野を持つことが重要になります。
誰得なのか、こちらが一方的に不利ではないか、などの前章の視点だけでなく、
- それまでに相手が心理操作的な違和感を感じることをしていなかったか?
- そもそも相手の素性はわかっているのか?
- 位置取りに異常なこだわりを見せていないか?
など、”腑に落ちない”感じのある(違和感のある)言動が積み重なっていたら、その場を離れるべきです。
場所どり、位置取りというのは、筆者の見解では絶対則があるわけではありません。
しかし巧みなマニピュレーターは状況に応じて、それを自分に有利に、相手にとって不利になるように使いこなすことを知っているのです。
ですから、右に座られたらどう、とか、正面を避けられたらどう、ということを想定していると、キリがありません。
全体を見渡す俯瞰的な視野を心がけて、自分がまず、どのような状況に陥っているのかを検討しましょう。
そして、そのうえで相手がたいへん得をして、かつ、責任を負わないとしたら、怪しい。
また、のらりくらりとして態度を決めずに、こちらの反応を観察していたり、
前章のようにやたらと、こちらからだけ話を引き出そうとしている、としたら、
おそらくは責任をこちらに被せ、利益を自分に誘導している作業に入っていると想定できます。
なので、そのままずるずると関係を続けると、酷い目に遭うことになります。
マニピュレーターは、まさに相手を利用しているため、事後になって責任を追及するのが面倒かつ困難です。早めに関係性を断ち切り、二度と関係を作らないようにするほかありません。
ひとつの例を以下に挙げます。たとえば……
こちらが同意すると途端に距離を縮め、
疑問を示すと「そんな意味ではない」と引く。
――というように、曖昧なようでいて、じつはこちらの反応に合わせて態度を変えることを繰り返す相手、発言の意味を変えて行く相手には、要注意です。
マニピュレーターを見抜く”5つの兆候”
- 第一は、言葉が曖昧なのに、こちらには明確な返事を求めること。
- 第二は、親切や好意を示した後で、暗黙の見返りを要求すること。
- 第三は、過去の発言を確認すると「受け取り方の問題」にすり替えること。
- 第四は、二人きりの場と人前とで、発言や態度が大きく変わること。
- 第五は、付き合うほど、自分の記憶や判断に自信がなくなっていくこと。
心理的虐待やガスライティングでは、力の差を作り、相手の認識や判断を揺さぶる行動が問題になります。(*米国心理学会 )
また、支配的な関係では孤立、非難、予測不能な攻撃などが組み合わされる場合もあります。(*PubMed掲載論文)
自分の身を守るために最重要なのは、
自分に何が起きているのか?
――を集中的に観察すること、です。
「相手は何者なのか?」とか「次はどうしてくるのか?」などは二の次、三の次です。そっちに走ると、どんどん事態は手遅れになって傷口は広がるばかりです。
「その場で」決めないのが最善策
マニピュレーター相手の最善策は、「怪しげな相手と関係性を作らない・関係性を深めない」ことですが、なかなかそうも行かないこともあります。
もし、知らず知らずにでも関係性を作ってしまった場合、最善の対策は判断を急がないことです。
別に相手を上回る心理操作技術や、話術を身につける必要はありません(むしろ、そんなことはしない方が安全です)。
「今日は決めません」
「条件を文章にしてください」
「あなた自身の希望を先に教えてください」
「その場合、誰が責任を負いますか」
――これをされると、相手は”後だしじゃんけん”をほぼ封じられてしまいます。
まず、重要な話は記録に残し、信頼できる第三者にも確認することを習慣づけましょう。
もし相手が説明を記録されることや、第三者が入ることを極端に嫌がるなら、その態度自体が、これ以上の関係は無理だ、という判断理由です。
断ってから、恨みがましいことを言われたり、罪悪感を刺激されても、振り切らなくてはいけません。
説明不足の事案に対して自分の態度を保留する――これはワールドワイドで正当な態度です。
冷たさでも失礼でもありません。

Sou
強さを発揮しましょう!
善意を捨てなくても、自分を守ることはできます。
じつにマニピュレーターの被害に遭うと、心を引き裂かれるような思いをします。
相手が”信頼関係”や”善意”に付け込んでくるからでしょう。時には「もう人間を信じたりしない」「人を信じた自分がバカだった」と思うこともあります――私がそうでした。
「もう二度と他人を信じたりしない」、そんな気持ちになります――私がそうでした。
でも、そんなときは時間を味方にして痛みがある程度消えるのを待ちましょう。
そしてあらためて振り返ることができるようになれば、気づくことができます。つまり、
――こちらの善意が悪いわけではない。善意を利用し、そこに付け込む相手が悪い、ということに。
そこに気づけば、少なくとも自分を責めたり、わざわざ自分の心を荒ませることはなくなります。
自分の利益のために他者の善意を利用する人間が、じっさいに存在します。
別に人を疑って生きる必要はありません。
ただ、言葉ではなく、責任の流れを見通す習慣は持っておきたいものです。
――いつの間にか決断したのも、責任を負うのも自分になっている……。
そんな状況に陥れられた挙句、SNSなどで嘲笑された、としたらどうでしょう……?
関係性全体を俯瞰し、責任の流れを客観的に見てください。
そして、自分に”もっとも望ましくないもの”がいつの間にか寄せられている構図が出来ていたら、
これ、後だしじゃんけん、やられてないか……?
心の中でそう呟いてみてください。
違和感だけでは、相手を有罪にする証拠にはなりません。
しかし、いったん立ち止まり、自分を守るためには十分な理由になります。


