初見は東京12チャンネル。
またも、私的、マニアックな話題となります。
あまりリサーチせずに書きますので、細部を間違っているかもしれませんが、悪しからず…
東京12チャンネルでは昼頃に、「洋画劇場」がありまして、時間が限られているからか、ズタズタに編集された洋画が連日、放映されておりました。
たびたび学校を休んでいた思春期の私は、ついこれを見ることが多く、大人の良心を疑うようになったものです。
倫理的に問題がありまくった作品が、目白押しで放映されていたのですね。

「悪魔のいけにえ」とか、「狼よさらば」とか、血みどろのカンフーものとか、大きく一線を越えた代物に巡り合ってしまい、トラウマを抱えることが、ままありました。

その手の作品のなかに、「悪魔の墓場」というものがありました。
田舎に新しく発電所(だったかな?)を建設したら、そこで発生される電波だか何かが原因で、埋葬されていた死体が次々と蘇り、生きた人間を襲う、という、電波ハザードみたいなホラーだったように(バイオではなかった、と記憶していますが…)。
その当時はまだ、「ゾンビもの」というジャンルが珍しかった時代でした。
また、私は何はともあれ、グロテスクな描写の多い「ゾンビ」関連が、とにかく、アウトなんですわ…
この「悪魔の墓場」は、グロ描写こそ控えめでしたが、出現するゾンビの雰囲気(造形ではなく)や、その迫り方などの、基本的な骨法部分がなかなかきっちりしていて、とにかく、怖かった。
おぞましい、のではなく、怖かったのです(今だと、もう、怖くないかも。)。
…前置き、長すぎ。
その作品に準主役で出演していた、白皙の美男子が、レイモンド・ラヴロックでした。
ホラー作品のなかでのラヴロック氏
金髪・甘いマスクの彼は、たしか記者の役で、最終的に事件に深入りしすぎたのか、ゾンビに噛まれて、えらいことになってしまいます。監督は二枚目になんらかの偏見かコンプレックスがあるんじゃねえか、と思われる展開でした。
ただ、このラヴロック氏の、なんとも軽い存在感や、浮ついた演技、転落していく劇中の境遇が、印象的で。
芸名が「あざとい」ものでもあるため、ついつい、チェックしたりしました。
すると、「悪魔の墓場」のなかの、彼の境遇が、ほぼ、彼の映画人生だったことを知ったのです。
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「日本限定・外タレ」だったらしい。
このラヴロック氏が、本邦で人気を博したのは、1969年公開の「ガラスの部屋」がきっかけだったようです。
少女漫画全盛の当時、夢見る少女・夢見続ける女性陣、単なるイケメン好きなどの間で、もてはやされたそうで…
その後、「透き通った夕暮れ」(69年)、「火の森」(70年)など、内容は実はどうでもいいような、メロドラマ映画に出ては、ほぼ日本女性限定で売れまくった、とか。
…タイトルが。ある意味、素晴らしい。「ガラスの部屋」、「火の森」…ミモザの香りがします(意味がわからねえ)。
当時は、レコードまで出し、オリコンチャートにランクインしたというのですから、まったくもって、ベイシティローラーズと並走していたのかなあ…
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ファン女性を嘆かせた、その後…
何が原因なのかわかりませんが、その後、ラヴロック氏は低迷の一途を辿ったようです。
出演作が公開されなくなっても、インターネットなどない当時、彼の動向をつぶさに探れるファンなど、ほぼ存在しなかったでしょう。
そうして、雲隠れしてしまえば、いかに熱を上げていた乙女たちとはいえ、現実回帰してしまうか、あるいは、別の偶像を崇拝するようになってしまいます。
かくして、ラヴロック氏は、消えた…のでは、ありません。
「悪魔の墓場」で、帰ってきたのでした。
おそらく、彼を心待ちにしていた女性ファンといえども、この作品のなかでの彼の姿には、深く傷つけられたのではないでしょうか。
それでも、ラヴロック様なら、立ち直ってくれる…!
そう信じて疑わなかったレアな方々の心をズタズタにしたのが、
「白昼の暴行魔」でした。
あろうことか、婦女暴行の犯行グループの一人として登場した彼は、じつに惨めな死に方をします。…これも東京12チャンネルで放映してた。
亡くなっていた…
…ここまで書いてきて、さすがに少し、レイモンド・ラヴロックのことをリサーチしてみました。
驚いたことが二つ。
2017年に、亡くなっていました。
また、イタリアの俳優さんでしたが、「白昼の暴行魔」はともかくとしても、本国でも、そこそこ売れていたらしいです。
なにしろ、主演するTVドラマもあったようですから、あるいは、活躍の場を、銀幕からTVに移したのかもしれません。
また、日本のアニメーション「マクロス7」での、洋画版の吹き替えも担当し、声優としても活動したようです。
私生活では、日本での人気絶頂の1970年に、結婚されています。
ひょっとすると、これが日本でフェードアウトした要因だったのかも、しれませんね。
ともあれ、リサーチしてみて、ほっとすることができました。

