はじめてのストラトは、えらい目に…
高校生のときに、ストラトキャスターなるエレキギターを、たまさか手に入れました。
まさか、ギターが永らくの趣味になるとは思わない当時、ストラトの「良さ」など、ほとんど理解できませんでした。

このギター、細かいネジがいじってほし気に、いっぱい付いているため、必然的にヒマなときにドライバーを使います。
そして、若いころというのは、なぜか時間が有り余っており、ヒマも多いわけです。
まずは、弦高を下げるところからはじまりました。
「おー、弾きやすくなった!」
などと感動したものの、チューニングが想定外の事態に陥る羽目に…
そうなってくると、心のなかで何かが切れてしまい、ピックガードを外したりしはじめるのです。
…さんざん、愚行を繰り返したうえで、
「このギター、音が弱い」などの暴言を吐いた挙句、売却…おそらく、クズ男が女性に対して行うような、公開されたら社会生活に暗い影が差してしまうたぐいの暴挙を、私はギターにしたのでした。
再会。
その後、ギターを弾くことだけでなく、ギターというもの自体に、しだいにのめり込むようになりました。
すると、ギターという楽器が、増えたり減ったりするのです…つまり、売買が繰り返されるわけですね。
しばらくは、レスポールなるギターに首ったけになり、ストラトキャスターには目もくれませんでした。

レスポールはストラトキャスターと、芸風というか、人種そのものが相いれない機体なのですが、おそらく、それは関係なく…
ストラトを見ると、自分が行った仕打ちが思い出されて、とっても罪深い気分に陥るのが嫌だったのだと、推察されます。
ところが、いつしか「おじさん」と呼ばれる年齢に突入してから、これも、たまさか、再びストラトキャスターを手に入れました。
ヴァンサント、というブランドのものでしたが、これには心底、打ちひしがれるような、痺れるような感動を覚えたのです…!
若年の頃、「音が弱い」などと思っていたシングルコイル・ピックアップの音色の繊細さ、微妙さ。
弦を弾いたあとの、振動や響きなどを正確に伝えてくるボディやネック。木材の選定から組み立てまで、絶妙に思えたのです。
…それで、「え?レスポール?あんな…」などという、中二病ちっくな暴言を吐かない分別はついておりました(ロックじゃない)。
そして、ストラトキャスターの旅路がはじまりました。

終わりがない。
資金に余裕があると、ストラトキャスター、それと、シングルコイル、などと、売買を繰り返しております。
ちなみに、大手の楽器店の買い取りは、非常に充実している、といえるレベルだと思います。
審査はそれなりに厳しいかもしれませんが、おそらく、美術品の買い取り価格の「いい加減さ」に比べれば、大手楽器店の査定は、非常にシビアで、しっかりしていると思えます。
今はもう数少なくなりましたが、古本屋さんに、大切にしていた本を売ると、まずたいてい、目から火が出るんじゃないか、というようなショッキングな、低価格を提示されるのが常でした。
今のところ、楽器店では、そういうことはありません(ただ、あまり、贅沢はいえませんぜ)。
さて。
ストラトの旅、当たり前のように、「終わり」がありません。
この機体の場合、どうも、不安定さみたいなのが魅力らしく、個体差というのも、同じブランドでも、激しくあるようです。
だから、ほとんど底なし沼としか…
そのため、自分に課しているのは、何があってもビンテージだけは手を出さない!!!
というテーマです、命題です。
それさえ守れば、生涯楽しめるな、と。。。

